米国では手頃な価格の住宅が不足し続けています。
同国では1,100万世帯を超える低所得世帯向けに、700万戸の住宅が不足しているというデータもあります。サンフランシスコで一家を住まわせるために必要な住宅建設費は80万ドルにも達しているとも言われています。
なかでも「エッセンシャル・ワーカー」に対する住宅供給不足は社会問題へと発展しつつあります。人口密度の高い都市部では、病院や学校を多数配置する必要がありますが、看護師や学校の先生に住宅が足りていません。これでは彼らに遠方から都市部へ足を運ぶ多大なコストを強いるか、家賃の高い狭い部屋に住まわせる必要が出てきてしまいます。
コロナ禍、リモートワークが推奨され、多少は中小規模都市へと移住する流れが発生していますが、依然として世界的な都市一極集中のトレンドは大きくは変わりません。教師と生徒、医療従事者と患者がマッチするのに多大なコストが掛かってしまう、「繋がるべき人が繋がれない」都市形態は、コミュニティ形成に影響を及ぼす重要な問題です。
現在、私たちが直面する問題と解決策は上図のように説明できます。図の内容を書き起こすと下のようにまとめられます。
2つ目以降をそれぞれ説明してきます。
最初に都市住宅問題を比較的短期の視点で解決する「定額都市生活」に関して説明します。「定額都市生活」は大きく「部屋の賃貸」と「住宅購入」の2つに分野が分かれます。
昨今、最低でも半年、もしくは1年以上の賃貸契約を結ぶ従来のやり方ではなく、月額単位で支払い・いつでも住める生活スタイルが普及しつつあります。なかでも独り身の人に対して、月額サブスクリプション形式で部屋を貸し出す事業モデルが北米を中心に一般的になっています。賃貸契約の縛りで移住ができない、転職ができないといった課題を抱えないように、いつでも入居と退居ができるようなスイッチコストの低い生活の需要が高まっています。
空き部屋率の高い新築マンションの空き部屋を中心に貸し出す「WhyHotel」や、ホテルに継続居住できる「Anyplace」に至るまで、さまざまなプレイヤーが登場しています。部屋のクオリティも高く、柔軟な料金体系を提供、空室改善を図りながら都市部の居住スペース不足を解決しています。
他方、家族丸ごと都市部に住むとなるとなった場合、「部屋の賃貸」ではなく「住宅購入」のサービスに対する需要が高まります。ただ、冒頭で説明したように住宅価格は高騰し、中所得者層であってもそう手を出せるものではありません。ローンを組もうにも、金融機関はそう首を縦に振りません。
そこで登場したのが「住宅共同所有」をコンセプトにしたサービスです。たとえば「WayHome」が挙げられます。
WayHomeは都市部に住む人向けに住宅購入支援サービスを提供。都市部に世帯単位で住むには、月間数千ドル以上の家賃を費やす必要があります。中流階級の世帯が毎月の出費を支払いながら、マイホーム資金を貯金するのは難しいです。
一方、数年・数十年に渡って狭い部屋に世帯で住むのは最適解ではないと感じる人が多くいます。このジレンマを解決するため、WayHomeは住宅購入のための頭金のうち95%を支援。現時点で貯金のあまりない人が、いち早く夢のマイホームへ移住できる手助けをしています。
住宅はWayHomeと折半して共同所有する形になります。居住者は毎月定額の家賃をWayHome側に支払い続けることでマイホームに住み続けることができます。
もし毎月の支払いが厄介で、自分のものにしたいと考えたならば、家賃に加えてWayHomeが所有する住宅所有権(住宅購入時の肩代わり負担割合 = 最大95%)を毎月買い取る必要があります。100%になるまで買い取り続けると、そのまま自分の家になる仕組みになっており、都市部の住宅購入のハードルをかなり下げることで事業価値としています。
さて、「部屋の賃貸」と「住宅購入」のいずれの場合においても、そもそもの住宅販売価格が安ければ、利用者のコストも減ります。月額サブスクリプション家賃や、住宅購入代金は下がります。販売価格を下げるには、建設コスト(原価)をステークホルダー全員にメリットのある形で下げることが有効です。
都市問題に関するあらゆる不動産サービスに、「住宅生産コスト」がボトルネックとして関与しています。この生産体制にイノベーションを与えているのが、次に紹介する建築企業「Factory OS」であり、彼らの生産手法に、今後XRが深く関わってくると考えられます。
住宅建築に徹底的なモジュール化を導入し、工場内でレゴのように積み上げ、建築していく手法を採用するのが「Factory OS」。GoogleとFacebookは、住宅価格が全米随一に高騰するシリコンバレーエリアの住宅事情問題を解決すべく、同社に投資をしています。
Factory OSによって開発された住宅の建築コストは、従来比で20-40%ほど削減できるといいます。昨今のSaaS化のトレンドを住宅建築市場に巧みに応用したと言えるでしょう。同じ取り組みをするプレイヤーとして、「Blu Homes」、「Blockable」、「Connect Homes」が挙げられます。
モジュール建築方式を採用すれば、コストを下げるだけでなく、現場での組み立てが容易になるため、近隣への影響を抑えながら迅速に工事を完遂できるメリットもあります。これにより、建築期間を35〜40%短縮することも可能となりました。
2021年時点で2億ドル相当の住宅建築の受注を受けている状態で、すでに開発が追いついていないほど。これまで建築業界へ従事して来なかった人も、賃金を倍増させ、かつ安全に建築に携われる環境を実現したのがFactory OSの真価と言えます。建築プロセスを再現できる工場を拡張すれば、どこでも生産体制を確立できるため、効率的に拠点拡大を目指せます。
事前に工場で住宅を建築し、現場で組み立てる手法は、シンガポールでも積極的に採用されている建築手法です。Factory OSを代表とする、こうしたPPVC事業者が台頭することで、前章で紹介したような私たちの定額都市生活もコスト面において格段に楽になると考えられます。特に手頃な住宅を求める都市エッセンシャル・ワーカーの拠り所の提供にも繋がるでしょう。
先述したように、従来の注文住宅の時代を「建築1.0」だとし、その後より効率化されて量産住宅によって家が立ち並ぶ時代を「建築2.0」だとすると、テクノロジー・ドリブンで各地に工場を設け、量産住宅の建築ハブを無数に作れるようになった現代を「建築3.0」のフェーズにいると言えるでしょう。
Factory OSの工場では、モジュール建築するのに要する日数は14日間。その後、すぐに現場に出荷され、組み立てれば住宅が完成されてしまいます。同社の建築現場は、徹底的に効率化が求められていることが容易に想像がつきます。
今後、ソフトウェアの考えに基づいたモジュール建築手法は世界的に広がっていくことが予想されます。東南アジアやアフリカのような人口が爆発的に伸びる新興国では需要は高いでしょう。ここで、こうした住宅建築のさらなるオペレーション効率化を目指すと考えた場合、2つのXR技術導入の可能性が浮かびます。
1つは現場でのグラス端末活用です。
たとえばMicrosoft Hololensを使えば、直接上司の指導を仰がずとも、モジュール建築の基本作業をより高速で修得できるはず。事実、工場内である程度特定されたオペレーションに沿って建築をするからこそ、Factory OSの従業員の約50%は自身で一定の建築手法を修得するとのこと。MRを活用した自主訓練のメリットを最大化できる環境があります。
もう1つのXR活用として「デジタルツイン」が挙げられます。
ある程度建築したモジュールを実際に建物が立つ現場で展開する際、気温・天気によって作業効率やプロセスが変化することが予想されます。こうした不測の事態に対応すべく、バーチャル上で現地当日の建築作業をシミュレーションした上で、滞りなく実施できるプロセスを明確化する「デジタルツイン」の活用も空間コンピューティングの将来ユースケースとして考えられます。建築プランニングの段階において、デジタルツインの技術が真価を発揮するはずです。実際、建築設計事務所「Zaha Hadid Architects」は、建築デザイナー向け高速リアルタイムワークフロー「Twinmotion」を活用し、より手軽に都市環境の再現が可能となりました。
Factory OSを筆頭とする住宅建築企業は、今後XRをフル活用することで、さらに飛躍的なスピード感と拡張力で世界中に安定したクオリティの住宅を安価に供給されると考えます。XRによって改善されたオペレーションによって住宅建築市場は下支えられ、私たちの定額都市生活も、金銭面を中心により快適なものとなると予測されます。
本記事のテーマとしてもなっている「拡張建築工法」の中身として次の2つが挙げられます:(1) 拡張現実デバイスによって、現場で働く人たちのオペレーションが最適化される (2) デジタルツインを通じて工場で建築される住宅が実際の工事現場でも事前に擬似的に建てられる拡張性。
建築の概念はXRによって文字通り拡張され、未来の都市生活はXRによってレバレッジされた住宅が立ち並ぶことでしょう。都市社会を下支えする技術としてXRにより注目が集まる時代が到来しています。