Googleは5月18日、開発者会議「Google I/O」を開催しました。遠隔地同士のユーザーが、ミラー型ディスプレイ越しに、まるでその場にいるかのようなコミュニケーションを取れるデバイスを発表。立体感のある3D映像を映し出すための本デバイスは、「Project Starline」と呼ばれるプロジェクトの一環として開発が進んでいます。
在宅ワークが世界共通の生活様式として広まった現代、「Zoom」や「Skype」を筆頭に様々なリモートツールが活躍しています。
「Slack」のような非同期チャット形式、「Discord」みたいなリアルタイム音声通話に至るまで、市場に出回る多様なツールが仕事場で使われるようになりました。それでもなお、距離の隔たりによるコミュニケーションコストが減らない場面もあるでしょう。たとえば上司との距離感や言葉のトーン、感情の起伏をWebカメラ越し、チャット越しに伝え切るのは至難。こうした遠隔コミュニケーションならではの課題解決を目的としたのが、今回発表されたStarlineです。
Starlineは未だに実験的なデバイス。ただ、このまま一般市場に投入していくと仮定すると、弱点ともなるのはデバイスの導入モチベーションと言えるかもしれません。
仮に市場投入となった場合、これほど大きなデバイスを、現在の単一ユースケースを楽しむだけの利用用途では、どの家庭にも普及するほどのコミュニケーションデバイスになるとは考えにくいでしょう。というのも、ディスプレイ前という場所としての制限を受け、かつ座りつながら対話する体験は、すでにWebカメラを活用したZoomやSkypeなどの体験で実装されているためです。
先述したように、リッチな3D表現でのコミュニケーションに体験として新規性を感じます。しかしそれは「Pain Killer - 課題解決」のアプローチではなく、「Vitamin - 価値増強」のアプリーチであって、「絶対にStarlineを選ばないといけない」といった理由に乏しいのです。それゆえ、体験としてすでに登場しているものに対して、ユーザーがデバイス配置の場所とコストを費やすと考えるのは難しい印象。
足りないのは利用価値やユースケース。そこで参考となるのが、フィットネス企業「Lululemon」に5億ドルで買収されたミラーデバイス「Mirror」。
同デバイスは在宅フィットネス向けの端末で、値段は約1,500ドル。鏡越しに映される動画コンテンツを視聴しながら、トレーナーの身体の動きを実寸大で真似ることができるサービスを展開。コロナ禍でジムに直接行けない中、バーチャルでジムレッスン体験を再現できる点がウケています。
Mirrorは家庭用としてはそこそこ広いスペースを要しますが、それでも購入されているのは事実。買収前の2019年には、月間で100万ドル相当(約650台)の売り上げを達成していたとのこと。現在はその倍以上、1,500台ほどが月間の売り上げ台数となっていることが見込めます。他に、Softbankが1億ドルの出資をする「Tempo」や、1.1億ドルの調達をした「Tonal」など、ミラー型のフィットネスデバイスは市民権を得つつあります。この点、Starlineのデバイスサイズがユースケース課題を超える大きなイシューとなるとはここでは考えません。
さて、鏡型のフィットネス・デバイスは、健康不安やジムに物理的に通えない課題を解決するものとして急速に市場認知されています。もしStarlineが市場投入のアプローチとしてフィットネス市場を選定し、その上で遠隔コミュニケーションも踏まえた幅広いユースケースを提案できるのならば、強い存在感を市場で醸し出せるかもしれません。
なにより、Googleは空中でデバイス操作ができる「Project Soli」の開発を進めており、この機能を活用すれば鏡を直接触れたくない、スマホをわざわざ使ってミラー操作するといった面倒なUIの改善が可能。競合他社のUXのさらなるアップデートが見込めます。同社の技術を考えれば、十分に参入検討余地があるでしょう。
Googleが3Dコミュニケーション表現に挑戦をしたのは、今回が初めてではありません。MRヘッドセット「Magicleap」上で展開される映像コミュニケーション「Google Meet」を活用すれば、その場にいるかのように相手ユーザーを映し出し、オンライン対話をすることが可能です。
このGoogle Meetは3Dではなく、2D映像を元にグラス上にユーザーを表示しています。目の前の障害物を検知し、2D映像と組み合わせることで奥行きを表現。たとえば自宅内で歩き回っているような映像表現が可能となっています。
本記事で紹介しているStarlineは、ディスプレイ前に座る必要があるため「制限的」なコミュニケーションとなっています。しかしそこで使われている技術は、MagicLeapのようにウェアラブル・グラスを装着していれば自由に動き回りながらコミュニケーションを取れる「非制限的」な体験にも応用できるでしょう。なかでも注目される技術の1つが、「ライトフィールドディスプレイ」です。
ライトフィールドディスプレイは、ヘッドマウントディスプレイなしで、立体視を楽しむことができるディスプレイを指します。具体的にはビジョンセンサーを使ってユーザの顔の位置を感知、リアルタイムレンダリング・アルゴリズムによって立体的な映像情報をリアルタイムで生成するものです。3Dディスプレイ技術では特定の視点からの眺めを再現していますが、ライトフィールドディスプレイを使えば、広い角度から見ても立体的に見える映像を再現します。
Googleは2019年4月にこのディスプレイ技術に繋がる特許を取得しています。もともとライトフィールドディスプレイ技術を開発していたスタートアップ「Lytro」の技術を買収して本特許の取得に至ったとも言われています。一度センサーが取得した画像・映像データの荒くて見えない箇所を読み込んで、綺麗に視認できるまで修正する技術が特許に組み込まれているとのこと。
ライトフィールドディスプレイの技術開発をGoogleが進めれば、Google Glassを筆頭とする自社グラス端末上に、鮮明に解析された相手ユーザー像を映し出すことが可能となるはず。Magic Leapに搭載されたGoogle Meetのように多少荒いデータではなく、Starlineのミラー上に映し出されるより高精度なものへと進化していくと考えられます。こうした未来を描くためには、グラス上で膨大なデータ分析を可能とするエッジコンピューティング技術と、ユーザーに受け入れられるグラスの軽量化およびUX改善が求められます。この点においては、まずは大型ミラー端末が市場に先行していくのを追いかける形で課題をキャッチアップしていくと考えています。
ユーザーを拘束しない、ストレスをかけない「非制限的」なコミュニケーションデバイスが市場で求められるのは必至。この未来を実現するために必要な技術開発は、Project Starlineで活用されているライトフィールドディスプレイを見る限り進んでいると思われます。また、グラス端末が普及する布石となるユースケースは、Starlineのようなミラー型端末が自宅に置かれ始めている状況から徐々に始まっていると推し量れます。私たちの生活は「ミラー志向」から「グラス志向」へと移り変わっていくことでしょう。