米国サンフランシスコに拠点を置くIoTスタートアップ「Spire」。同社はズボンに簡単にクリップ形式に装着するだけで呼吸データを取得できるデバイスを発売していました(現在は企業向けのデバイスとして展開。クリップ式も廃止)。
呼吸の状態を知ることで、ユーザーの緊張状態をリアルタイムに知ることができます。仮に緊張してきたとわかれば、バイブレーション機能が働き、適度に休むように指示される仕組みのデバイスを開発しています。
そんなSpireが2016年に実施したのが、全米3,000機のデバイスを通じ、ストレス度合いをリアルタイムにマッピング化した調査でした。当時はちょうど共和党からトランプ(時期)大統領が選挙に出馬していた時。メディアの下馬評では、民主党のヒラリー氏が勝利すると報じられており、リベラル派が引き続き優勢とみなされていました。
しかし、周知のように当選はトランプ氏。各州の開票作業が進むにつれ、雲行きは怪しくなります。それにつれて、Spireユーザーのストレス度合いも高まっていることが、集計データからも定量的に記されています。こうした定性的な観察では測れない心の状態を、大規模かつ自動的にデータ化することを可能としているのがSpireです。
私たちの身の回りには、あらゆるデータ接点が存在します。それらは徐々に「ハードウェア」として認識されるものから、日用品に融け込むように小型化が進んでいます。
実際、Spireは市販されていた5年前とは違い、洋服に取り付けられるほど薄い形状にまで進化しています。服の内側に装着することで呼吸データなどの生体データの取得を可能にする技術の特許を取得。さらに、呼吸のデータをアクセラレータなどを他の機材と連結して取得するシステムに関する特許も獲得しており、小型化したデバイスの関連機材連携も強化しつつあるようです。
ただ、呼吸データから得られる情報は比較的少ないと一般的にはされています。取得できるデータも、呼吸頻度などからわかる生体信号のみで、そこから帰結される結果はストレス値などに限定されてしまっています。そのため、呼吸データだけを解釈するデバイスには限界があるように思えます。具体的には、感情データに関して考える上で重要な次の3つのレイヤーの内、上位2つしか満足させていません。
現状は2つ目の感情レイヤーまでは実行できますが、最後のレイヤーにたどり着くのは難しいとされています。そこで全てを満足させるデバイスの到来が待望されています。次に紹介するBMI(Brain Machine Interface)は、まさに3つの条件を満たす次世代デバイスとして注目されています。
近い将来、グラス型端末が市場に普及するとした場合、私たちは日常的に頭にデバイスをリンクさせることになります。そうなった場合、視界に情報表示されるだけでなく、頭からしか取得できないデータも分析される未来がやってきます。
従来、頭に付けるとすればAirPodsのようなイヤホン型デバイスしか参入の余地はありませんでしたが、グラスとなるとより幅広いデータ獲得が期待できます。iPhoneにバイオメトリックデータや表情データの取得までできたように、デバイスが進化する度に分析対象は広がると考えられます。
ゆくゆくは、グラス端末はARデバイスとしてだけでなく、脳波を分析してフィードバックするBMIとしても活躍すると想像できるでしょう。実際、前段で説明したような「言語と行動レイヤー」までの全てのレイヤーを満足させるには、BMI(Brain Machine Interface)を取り入れたほうが筋が良いです。
それゆえ、呼吸からでなく、脳波からより詳細に感情を分析し、私たちの視界にどういった行動をすべきかを瞬時に表示する一連の体験が実装されると考えられます。Spireが自社デバイスとスマホの通知機能を使って実現している体験フローを、より精度高く、よりシームレスにフィードバックする仕組みの確立が望まれます。
BMIの分野で参考となるのは、InteraXonが開発する「Muse」かもしれません。同デバイスは瞑想用の脳派分析ヘッドセットとなっています。脳波活動・呼吸・心拍データから、心の落ち着きをもたらすような設計がされています。
InteraXonは、Museの世界観を実現するために、次のような特許を取得しています。
感情データの分析から、バーチャル空間のUI設計に至るまでを睨んだプロダクト開発を行っていることがわかります。他にも市場には、「NextMind」のようなBMIデバイスが登場。同デバイスは画面を見つめることでカーソルを動かし、簡単な操作のできる体験を実現。たとえば障害の持つ人の新たなコミュニケーションインタフェースとして活躍が期待されます。
さて、Spireは洋服をデータ分析デバイスへと変貌させました。普段私たちが着用する日用品に、スマートデバイスを融け込ませました。これでもう、ストレスなく心の動き・感情の揺らぎにどう対処すれば良いのかが理解できるようになりました。MuseやNextMindのデバイスは未だ重量的に大きいですが、将来的には市場に出回るメガネに、その機能が実装されるかもしれません。
現在、私たちの手元にはすでに未来の「感情デバイス」に必要な要素は揃っています。これら要素はグラス時代へ活きてくることでしょう。
具体的には、洋服が肌に触れることで取得できる呼吸データ、そしてグラス端末経由で取得される脳波を合わせて分析。フィードバックデータをARで最適な形に表現し、グラス越しに行動提案が表示される未来が到来するかもしれません。これら一連のデータ群および体験フローの確立によって、現在のような単にARとして情報表示する以外のサービスが無数に実装されるはずです。
スマートデバイスが頭、そして目元に来ることを睨み、データを結びつけた新しいコミュニケーションやライフスタイルを早めに検討する時期に来ています。