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「バーチャル・ナース」が24時間モニター、崩壊のない都市医療

Last Updated:
Aug 31, 2021

2021年になり、「医療崩壊」の4文字をしばしば聞くようになりました。

救急車を呼んだとしても受け入れ先が見つからなかったり、自宅やホテル療養を余儀無くされるケースが増えていると聞きます。実際、東京都のデータ(2021年8月11日時点)を見ると、入院数の3,667名と比較して、自宅もしくは宿泊療養をされている人数21161名と、6倍近くの開きが出ています。

医療崩壊を防ぐには、そもそも市中感染を防ぐために水際対策を徹底するなど、今から検討可能な解決アプローチも様々に考えられるでしょう。しかしここでは、少し未来の話として、今から準備を始めることで勤務医の方々を勤務医さんを中心とした関係者の負担を根本から減らす可能性がある「技術」に注目したいと思います。

日本は欧米と比べて医療現場のデジタル化が10年・20年も遅れていると言われているように、コロナ禍においてはまさにこのデジタル化の遅れのツケが回ってきたという側面も無視できません。だからこそ、年単位で今後も繰り返されるかもしれないパンデミックを見据え、医療関係者の負担を軽減する方法をテクノロジー視点でも検討する必要があります。

まずご紹介したいのは、1人の医師もしくは看護師によって、数十人・数百人程度の患者をリアルタイムで経過観察・状態観察が可能となる技術導入の事例です。こうした次世代の医療を確立する動きが、AI市場から起き始めています。

患者の多人数同時モニタリングを、AIで

Image Credit by KangarooHealth

従来、1人の看護師が付きっきりで診られる患者数は限られていました。人力ベースでは数の限界があり、たとえば自宅療養中の患者の家を何十分・何時間と回りながら直接確認して、多大な時間コストを費やすなどのプロセスが発生してしまいます。

そこで登場したのが、手術後の容態管理をSaaSで行うサービス「KangarooHealth」でした。同社はAIを使って患者の術後管理の取り組みをサポートしています。

血圧計・体温計・体重計・スマートウォッチ上の歩数計など、さまざまなデバイスデータを分析。体調変化の兆しが数値から読み取れればAIが即時判断。遠隔で重傷度合いをラベリングする「トリアージ」を実施。処置が必要な患者に対してのみ、すぐさま医師や看護師が駆けつけてケアできるようになりました。

KangarooHealthは一連のサービスを「ChannelFlow」としてパッケージ化し、コロナ患者向けに活用することを発表しています。ChannelFlowを活用すれば、COVID-19の疑いのある人をリモート監視、専門機関でのケアが必要となる急変段階の兆しを検知、プロバイダーがタイムリーかつ安全にバーチャルトリアージを行うことを可能させます。不必要な救急外来の受診を減らし、接触感染のリスクから医療従事者を守ることができます。

これまでは1日の決まった時間に体温や体調を電話越しで聞いたり、マニュアルで患者管理が行われていました。これからはKangarooHealthのAIを活用することで、病状変化の事前予測をある程度可能となり、患者の見守り体制の大半の自動化を実現できます。病院で診察を受けたいといった需要の急増に耐えられる医療体制確立が、欧米では進んでいます。

このように欧米圏の医療体制は、患者の容態管理の仕組みを抜本から変える動きが出ています。たしかにコロナ病床を立てたりするなど一過性の対応もしていますが、たとえ数年・数十年後に現在のコロナと同じような事態になったとしても受け入れ体制崩壊を避けられる技術導入が進んでいます。今となっては一看護師が診られる患者数は、従来比の数十倍にもなりつつあります。

バーチャルナース「Molly」

Image Credit by Sense.ly

AIを活用することで患者を同時・多人数に受け入れられるようになる兆しが見えています。なかでも人口密集度が高い都市部の医療は、今後より柔軟性高いものになっていくかもしれません。

ただし、数値にはなかなか現れないメンタル疾患、定量的ではなく定性的な観点から対処が必要な疾患に弱いのが先述したKangarooHealthを始めとするAI大規模医療体制です。たとえばうつ病や、高齢者介護医療が挙げられます。

ケア医療に関しても人手不足とマニュアルワークが要求され、機械によるタスク対処に期待が寄せられる市場です。医療看護市場の「ラストマイル」であるケア領域にAIが参入できれば、「定量」と「定性」の両方のアプローチから看護が必要な患者を24時間体制診られる一大医療体制の確立が目指せます。

最後に紹介する「Sense.ly」は、メンタルケアや介護医療などに応用されるAIアバター看護サービスを提供しています。

Sense.lyは、ユーザーがスマートフォンを使って、1日1回または数日に1回、5分間の "チェックイン "を行い、看護師のアバターに自分の健康状態を伝えるというものです。文字入力の必要はありません。患者がチェックインで共有した内容は、医療従事者のみが閲覧できる医療記録にまとめられます。報告書には、患者が日常生活で使用しているさまざまな医療機器、ウェアラブル、その他のインターネット接続されたハードウェアからSenselyが取り込んだデータも含まれます。

インターフェースとして使われるのがAIアバター「Molly」。会話型AI「MindMeld」や、音声を通じた感情分析AI「Beyond Verbal」「Affectiva」などのサービスを統合させ、急な容態悪化に対応するだけでなく、患者の気分に応じた対応できるプラットフォーム実現を目指しています。

最大の特徴は、患者が体調を表すために日常的に使う特定フレーズを理解すること。各患者にとって容態の伝え方はさまざま。1つ1つの言い回しをディレクトリーに人力で入力していき、自然言語処理の精度を高めていると言います。

また、感情分析を通じてメンタルヘルスのカウンセリングを必要としている場合や、処方された薬やライフスタイルの変化による副作用で鬱や不安を感じている場合、医療従事者にアラートを飛ばすことができるとのこと。この点はデバイスから収集される数値データから疾患の事前予測を行うKangarooHealthには手の届かない領域です。

グラス時代のAI医療

Image Credit by Mufid Majnun

ここまで紹介してきた、AIを活用した「早期疾患リスク検出」「即時トリアージによる患者分類」「感情分析を通じた対話型ソリューション」は、近い将来1つのサービスとして私たちの生活を支える基盤となると感じています。

都市医療では高い効力を発揮する、「AIによる24時間同時看護体制」の確立を目指せるでしょう。本当に医療が必要な時、迅速に適切な医療を受けられる体制ができます。この点はコロナ禍で実際に私たちが直面している医療崩壊を教訓とする形で、加速度的に需要が高まる考えであると感じています。

すでに実績は出ており、Sense.lyはNHS(英国国民保険サービス)と提携。アプリ利用を通じて高額な医療サービスから低額なものへと適切に誘導できたことで、医療コストを二桁減らせたとの報告もあります。こういった取り組みから、国民皆保険が行き渡った日本でたびたび問題視される、繁忙期にもかかわらずふらっと立ち寄る「コンビニ患者」の現象改善に、AI都市医療が貢献する可能性が見えるはずです。

それでは次世代グラス端末が登場すると、大規模医療体制はどう進化するのか。たとえば次の3つが例として挙げられるでしょう。

  • より立体感のあるAIアバターとの対話
  • リッチな診察体験を自宅でも受けられる
  • リハビリのような共同作業までサービスの手が届く

今後グラス端末へとインタフェースが移れば、立体感のあるアバターが目の前に登場し、現実感のある看護体験を受けられると考えられます。また、現在スマートフォンの電話通話機能を使った診療サービスが浸透しつつありますが、こうした診察体験もリッチになると予想されます。小さな画面では伝えきれない関連情報(疾患を示した数値データなど)を一緒に眺めながら、さながらカウンセリングをその場で受けているかのような感覚で、ベットに座りながら診察を自宅で受けられるようになるかもしれません。上に貼ったYouTubeにあるように、まるで自宅が医務室になるような体験が提供されるようになるはずです。

何よりグラス端末の登場によって期待されるのが、先述したような「まるで同じ空間にいるかのように体験する共同作業」でしょう。小さなスクリーンによってコラボレーション体験が制限されてしまうスマートフォンサービスで、決定的に足りない点はここにあります。リアルタイムに遠隔ユーザーを、その場にいるかのように繋げる体験がグラス端末の特徴の1つ。

そこで、患者が掛けるグラスから送信されるPOV(一人称動画)を診ながら、術後のストレッチや整形外科の医師が行うようなリハビリ指導も、自宅で手軽に受けられるようになるかもしれません。ハンズフリー、かつカメラが目元に来ることで実現できる医療体験ともいえます。

AIによって患者を大人数、リアルタイムに同時観察。その上で、グラス端末による医療体験拡張。未来の医療は、1人の医師がより広範な領域をカバーできるようになっていると考えます。コロナ禍において顕著になった今回の課題に対しては、まずはできることから早急な対策が求められますが、こうした未来の医療についてもテクノロジー導入の検討を通じて探索を行い、1人でも多くの方に医療が行き届く体制が作られることを願います。

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